今回は、貧血の中で最も頻度の高い鉄欠乏性貧血についてご紹介します。
赤血球には、酸素を全身に運ぶ役割を持つヘモグロビンという赤い色素タンパク質が
含まれています。このヘモグロビンは、「鉄を含むヘム」と「グロビン」というタンパク質
から構成されています。そのため、鉄が不足するとヘモグロビンが十分に作られず、
貧血を引き起こします。
日本における貧血の現状
貧血の診断は血液中のヘモグロビン(Hb)値を基準に行われ、Hb 12g/dL未満を貧血
と定義します。日本人女性の約21.7%(5人に1人)が貧血とされ、推定患者数は約
1,000万人にのぼります。その大部分が鉄欠乏性貧血、または潜在性鉄欠乏です。
厚生労働省「国民健康・栄養調査報告(2019年)」によれば、30〜40代の女性の
10〜20%に貧血がみられ、男女とも70歳以上で増加する傾向にあります。
WHO(世界保健機関)では、貧血の頻度について以下のように公衆衛生上の指標を
定めています。
4.9%以下:正常
5.0~19.9%:軽度の問題
20.0~39.9%:中等度の問題
40%以上:重度の問題
先進国における貧血の平均頻度は、15~59歳の男性で4.3%、女性で10.3%です。対
して日本女性の貧血頻度はこれより高く、「軽度~中等度の公衆衛生上の問題あり」
に該当します。他の先進国と比較して日本女性の貧血が多い背景には鉄分添加食
品の普及状況が関係していると考えられます。たとえば、欧米では小麦粉に鉄を添加
する国があり、フィリピンでは米に鉄を添加する取り組みが行われています。
鉄欠乏の原因
成人の体内には5~7gの鉄が存在し、その70%は赤血球に、残りは肝臓や脾臓など
に貯蔵されています。通常、食事から吸収される鉄は約1mg/日で、腸管粘膜や皮膚
細胞の剥離、汗などによる自然排泄も同量(1mg/日)ありバランスが保たれています
。
鉄欠乏は、次のいずれか、または両方によって引き起こされます。
摂取量の低下(例:鉄分不足の食事)
排泄量の増加(例:出血)
主な原因は以下の通りです。
生理(女性の場合)
消化管出血(胃潰瘍、大腸ポリープ、大腸癌など)
自己免疫性萎縮性胃炎
ヘリコバクター・ピロリ感染
PPI(プロトンポンプ阻害薬)やH2ブロッカーの長期使用
胃・十二指腸切除後
セリアック病(グルテン不耐症。日本では稀)
慢性炎症(関節リウマチ、炎症性腸疾患、慢性感染症、慢性心不全、悪性腫
瘍などによるIL-6依存性ヘプシジン過剰)
遺伝性の鉄代謝異常(例:TMPRSS6遺伝子異常)
また、世代によっても原因は異なります。
幼児期:未熟児、偏った食事
思春期:急速な成長、偏食、月経開始
成人:病的出血、胃切除、低・無酸症、月経異常、妊娠・出産・授乳
高齢者:食事摂取不良(入れ歯、咀嚼力低下)、消化管出血
鉄欠乏性貧血の治療
治療の基本は経口鉄剤の投与です。ヘモグロビンが正常化した後も体内の鉄貯蔵を
回復させるため、さらに3~6ヶ月間の治療継続が推奨されます。
鉄の最大投与量は1日あたり鉄分200mgですが、100mgでも十分な効果が得
られます。
空腹時の方が吸収率は高いものの胃腸症状(吐き気、腹痛)が出やすいため
、食後の服用も認められます。
お茶やコーヒーのタンニンは鉄の吸収を妨げますが、治療効果に大きな支障
はないため特別な制限は必要ありません。
ビタミンCは鉄の吸収を30%促進しますが、胃腸症状も強く出る場合がありま
す。
鉄剤の種類
経口薬
クエン酸第一鉄ナトリウム、硫酸鉄、ピロリン酸第二鉄、クエン酸第二鉄など。
ピロリン酸第二鉄は小児用のシロップ製剤もあります。
※かつて胃腸症状が少ないとされたフマル酸第一鉄もありましたが、現在は
製造中止されています。
静注薬
含糖酸化鉄、カルボキシマルトース第二鉄、デルイソマルトース第二鉄。
特に後者2つは比較的新しく、1回の投与で大量の鉄分補給が可能です。ただ
し、鉄過剰にならないよう慎重に投与量を管理する必要があります。
治療法の選択は、鉄欠乏の原因、胃腸の状態、副作用の有無などを考慮して行われ
ます。
鉄は赤血球のみならず、すべての細胞にとって生命維持に欠かせない元素です。鉄
不足を指摘された場合は、放置せず原因を調べ、適切な治療を受けることが重要で
す。
参考文献
健康・栄養情報研究会 編:国民栄養の現状、平成15年度厚生労働省国民栄
養調査報告、第一出版、東京、2006年
WHO. World Health Organization. Worldwide Prevalence of Anaemia
1993–2005: WHO Global Database on Anaemia
日本鉄バイオサイエンス学会:鉄欠乏性貧血の診断指針(2024年)
2025年5月
内科・血液内科 久武純一